散歩と徘徊とウォーキング

その他徒然
Alexandr IvanovによるPixabayからの画像

昨日昼過ぎに、散歩に行くという日記を書きました。
――が、予想通り、徘徊になってしまいました。

大辞林では「散歩」の意味を「特別の目的をもたずに、気の向くままに歩くこと。散策」としています。対して「徘徊」は 「① 目的もなく、うろうろと歩きまわること。うろつくこと。 ② 葛藤からの逃避、精神病・認知症などにより、無意識のうちに目的なく歩きまわること」。

①の意味での徘徊は、散歩とほとんど同じような意味ですが、問題は➁の方です。

私の中での散歩は、体力の低下を防止するために義務化されたものであり、どちらにも分類されません。調べてみて一番しっくりと来たのが「ウォーキング」。
wiki先生は「ウォーキング」について「散歩、歩くことによって健康増進を目的とした運動」としています。 つまり、やっぱり普段の散歩は「散歩」のままでOKのようです。

普段の散歩はその日の体調に合わせて、片道0.8㎞の薬局か、1.4㎞先のコンビニまでの往復、少し調子がいい時は1.8㎞先のコンビニまでです。
それでも行って帰って来ると、緊張と疲れから、玄関先で倒れこむこともあります。

しかし昨日は…、懸念した通り➁の意味での徘徊になってしまいました。
地獄の日々、深夜徘徊をしていた頃もそうですし、実家に帰ってからの徘徊は2度目ですが、不思議なもので、徘徊中は疲れを感じないのです。
心を無にして、ただぼんやりと歩く、ひたすら歩く、歩くということ以外の意識はありません。

バックから伝わる振動にハッと我に返り周りを見渡せば、ここが何処かわからない。
LINEにも携帯にも、両親からの電話の嵐。
気付けば夕方の5時を過ぎていました。
Google Mapを起動してみると、車の通らないような細い道を、4㎞ほど歩いていたことがわかりました。

我に返れば、今まで気づかなかった全身の疲れがどっと押し寄せてきます。
前の家で深夜徘徊をしていた頃は25㎞以上歩いたこともありますが、我に返って疲れを自覚しても、足が痛くなったことはありませんでした。
しかし実家に帰ってから、「雪駄なんてみっともない。こんな田舎で履いてる奴なんか誰もおらん」と父から禁止され、20年以上360日雪駄生活を送っていた愛用の雪駄を取り上げられてしまい、仕方なく履いていたスニーカーは足を圧迫し、強烈な痛みを発します。

足を引きずるように何とか大通りに出て、タクシーを呼び、自宅に戻りました。
タクシーから降りる時も膝ががくがくとして、まともに立っていることもできません。

タクシーのエンジン音で出てきた母が支えてくれましたが、今度は母が周りをきょろきょろと見渡しています。
どうやら、心配した父が私を探しに出てくれているということでした。
タクシーを拾ったところで母に連絡し、母も父に連絡をしたので、そろそろ戻ってくるはずだと。

私を探しに行ってくれているのですから、家に入ることもできず玄関にもたれて待っていると、自転車を押した父が帰ってきました。
あまりにも帰りが遅いのでどこかに落ちているんじゃないかと探しに出はしたけれど、自転車に乗るのが久しぶりすぎてずっと押して帰って来たとのこと。
(どこかに落ちているんじゃないかというのは洒落ではなく、実際、息子が側溝に落ちていたことがあるので、私もふらふら歩いていたらあり得ると思ったそうです)

皆に迷惑と心配をかけてしまったので、何を言われるかとびくびくしていたのですが。
父は一言「散歩に行く時は、帰りの余力を考えなさい」と言っただけでした。

今日は全身が筋肉痛です。
昨晩は余りに疲れていたのでリクライニングチェアで寝ようとしたところ、体勢の問題か激痛が走ったので、久しぶりに子ども達の布団に潜り込みました。
睡眠薬はあまり聞きませんが、子ども達を抱きしめていると眠ることができるのです。
本当は娘の布団に潜り込みたかったのですが、あまりにアクロバティックな体勢で寝ていたので、潜り込むスペースがなく、寝相のいい息子を抱きしめて眠りました。

でも、本当はこれも苦手なのです。
子ども達を抱きしめていると眠ることができる。
しかし、目が覚めた時にそこに誰もいなかったら、パニックに陥ってしまうのです。

今日は土曜日。早朝から見たいテレビがある息子は5時過ぎには起きて行ってしまいます。
一緒に起きようかと思ったら、浅く起きた娘が転がって来てくれたので、今度は娘を抱きしめて、うとうとと二度寝をしました。
途中娘が「ママ、ゴメン、ちょっとトイレ行ってくる」と言うので「はぁい」と寝ぼけ眼で返事をしてまた微睡んでいたら…。
はっと目が覚め、1人ぼっちの布団にパニック発作を起こしかけました。

下に降りると、トイレから出てつい息子の見ているTVを一緒になって見ていた娘。
ちょっと半べそをかきながら、「戻ってこないならせめて起こして。起きて誰もいなかったら、ママ、やっぱりお布団では寝られない」と言うと、娘はバツが悪そうに「ごめんね」と言ってくれました。

子ども達は私が布団で寝ることができないことを知っています。そして、自分達を抱きしめている間は眠ることができることも。
流石にパニックを起こしているところは子どもに見られないように気をつけてはいますが、自分自身避けられる要因はできるだけ避けたいものです。
なので普段はリクライニングチェアかPC椅子で寝ている上に、長くても2時間程しか眠れないのですが、さすがに昨日は疲れすぎたようです。

その後もリクライニングチェアで1時間ほど仮眠をし…、何とか日常に戻ることができました。
まだ全身は筋肉痛ですが…。
母は何故か全く根拠のない「筋肉痛の時は休まずに動く方がさらに筋肉がつくからいいのよ!」という持論を展開し、今日も散歩を促してきます。
通常筋肉痛は破壊された筋肉が修復されている状態なので、無理は禁物だと思うのですが…。
逆に普段「体を動かせ、外に出ろ」と言う父は、昨日の徘徊に理由があるとわかっているのか、何も言いません。

とりあえず、体の痛みが引いたら、ちゃんと意識を持って、またいつもの散歩コースから、自分のペースでゆっくりと、進んでいきたいと思います。

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