家族という箱庭

その他徒然
Clas VårdstedtによるPixabayからの画像

先日から家族関係の悪化もあり、鬱の症状も悪化してしまっていました。

今日は食事時間に母が泣いてしまうというアクシデントもあり…、家族間のストレスがだいぶ高まっているのを感じます。
特に食事時は、毎回ピリピリとしています。
父が食事中の作法?にかなり厳しいのです。しかも、理不尽に。
三角食べをうまくできない息子は「ちゃんとご飯も食べろ」と毎回叱られます。息子はおかずを食べ切った後、白米をに納豆を乗せたり、卵をかけたりして食べたいのですが、ある程度ご飯はご飯として食べた後でないと許されません。
そういう父は、お酒を飲んでいる間はご飯を食べず、締めとして食べるのでおかずと一緒に食べることはありません。
また、子ども達がご飯を食べながらテレビを見ていても怒られ、テレビを消されてしまいます。
「お前達がちゃんと前を向いて食べんから、じぃじはテレビが見たいのに消さないかんやないか!」父がテレビを見たいのなら、子ども達だって見たいはずです。ただ座る位置の問題だというだけなのに、テレビがついていても、子ども達はテレビを見ることは許されません。
お箸の持ち方スプーンの持ち方で怒られることもあります。
また、子ども達が学校であったことなどを話そうとするとどうしても興奮して声が大きくなるのを、「声が大きい」「うるさい」と怒られます。
テレビを見ながら、世間話をする父の声も大概大きいのですが、子ども達は声を潜めなくてはなりません。そして「ご飯中は集中して食べろ。話すのは食べてからにしろ」。
お通夜状態のような無言の食卓は、味気なく寂しいものです。

母は父がご飯中に怒りまわるのが嫌で、毎回「お父さんの声も大きい」とか「それくらいいいじゃない」ととりなしてくれるのですが、毎食同じことが繰り返されます。
カレーのかき混ぜ方が汚い、納豆のかき混ぜ方が汚い。
私は今はそれほど料理もできませんが、以前は作っていたので料理を作る側の気持ちはわかります。料理を作る側からすれば、ご飯は美味しく楽しく食べてくれるのが一番なのです。
子ども達が委縮して、無言で囲む食卓のなんと味気ない事か。
父はけして行儀がいいわけではありません。私が子ども達に注意するような、左手をお皿に添えることもしません。片膝を立てていることさえあります。嫌いなものは残すし、皿によそっても好きなものしか食べません。テレビを見ながら話す声だって、父の方が大きいこともあります。

昼ごはんの時に、いつもの父の理不尽な注意が始まった時点で、母は涙ぐんで席を立ちました。
私がパニック発作を起こして自室に逃げ込む時と同じです。
父は「お前たちがちゃんとせんから、じぃじがお前達を怒らないといけなくなって、ばぁばが泣いてしまったやないか!」とさらに怒ります。
私の時と同じで、自分が原因だとは、まったく思わないのです。

子ども達とは食事の後に、ゆっくりと話をしました。
70を過ぎ、偏った自我が凝り固まっている父の性格が変わることはありません。
ならばやはり、こちらが変わらなくてはならないのです。

「いつも、同じことで注意されていることはわかるね」
「じぃじばぁばの家に来て1年が過ぎて…、少し気が緩んではいないかな?」
「じぃじやばぁば、ママの注意を聞き流してしまっていない? ちゃんと直そうとしている?」
「今までじぃじとばぁばは、2人で静かに暮らしてきたの。それを私達を受け入れてくれた。それだけでもすごくありがたいことなんだよ。ばぁばはご飯の準備も洗濯物だって倍以上になっている。ばぁばは、あなた達の事を思っていろんなことをしてくれているでしょう? じぃじもいろんなことを教えてくれているでしょう?」
「自分達の好きな事ばかりして、本当にやらないといけないことが後回しになっていないかな?」
「お約束をしたのなら、守ろうね。注意されたのなら、その場できこうね。納得いかないのなら、無視をするんじゃなくてちゃんと言葉にして伝えようね」
「ちゃんと、じぃじばぁばに、感謝しようね」

理不尽なこともあります。納得いかないこともあります。
それでも、静かで平穏な余生を送るはずだった日々を不意にして、私達を受け入れ、私達の為に費やしてくれている両親には、感謝してもしきれないほどの恩があります。

感情が高ぶることがないように、静かに涙を流しながら諭す私の言葉に、子ども達なりに思うことがあったのか、娘は考え込み、息子は涙ぐんで頷きました。

最近義母に子どもの日のプレゼントでDSのカセットを貰った子ども達は、ゲームに夢中です。
「○○(娘)と○○(息子)は、○○と○○の人生というゲームの主人公なんだよ。DSやTVはその中のミニゲームのようなもの。ミニゲームやアイテムのレベルをいくら上げても、自分のレベルは上がらないんだよ。勉強や、整理整頓、ルールを守って自分のレベルをあげた方が絶対に自分の為になるよ」
「叱ったり怒ったりすると嫌な気持ちになるかもしれないけれど、言った方は、もっと凄く嫌な気持ちになるんだよ。しかも同じことを何度も繰り返して言わないといけないと、今まで言ったことは何の意味もない事になってしまう。自分達だけが楽しくて、周りの人が嫌な気持ちになっていても、それでいいのかな?」

一人前の生活すらおくれていない私が何を言っているんだと心の中でツっこみながら、子ども達にわかりやすいように、一生懸命説明をしました。
子ども達がどこまで理解できたかはわかりません。相変わらず南海注意をしても部屋は汚いし、寝ないといけない時間になっても、TVを見ている。やっと寝室に上がって来ても二人でこそこそと遊んでなかなか寝ようとしない。

けれど、子ども達の部屋に、「自分のレベルを上げる!」という紙が貼ってあったことから、子どもたちなりに何かを思ってくれたと信じたいと思います。


私は…、今日は無心になる為にひたすら糸を編んでました。
両親は散歩を勧めてきましたが…。
まだ全身が筋肉痛な上、今外に出るとまた徘徊になる気がしたので…。
「昨日はよく眠れたやろう! 普段運動せんからちゃんと寝れんのや」と父には言われてしまいましたが、普段の散歩でちゃんと夜に眠れるといったことはありません。
ということは、普段から徘徊レベルの距離を歩けということなんでしょう。
意識してその距離を歩くのはなかなかに難しいなぁ。

本当は組紐を作りたかったのですが、組紐用のディスクも捨てられてしまったので…。
糸掛け曼荼羅をしようとして買っていた、18色50mの糸をひたすら編んでいました。
18色を2色ずつに分け、それを3つに分けて、三つ編みを3本。そしてその3本をさらに三つ編みに…。半日かけても20㎝ほどしか編めませんでしたが、無心になるにはちょうど良い作業でした。
本当はミサンガのようなV字になるような編み方をしたかったのですが、私のぼんやりとした頭では説明が上手く理解できなくて、単純な三つ編み作業となりました。
作業が目的なので、出来上がったら何に使おうかな。

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