すみません今日は愚痴です

その他徒然
Henryk NiestrójによるPixabayからの画像

もう一つのアフィリエイト用のblogで「矯正下着」の記事を書いていたら、どんどんと気持ちが沈んできてしまいました。
今の私は過去最高体重を更新しています。
なのでつい、アフィリエイトの方でダイエット関連の記事を書くことが多いのですが…。

鬱にパニック障害、不眠症などに加え、どうも醜形恐怖症も発症していることに気付きました。
夫を年上の女性にNTRたことがトラウマになって、自分には魅力がない、女性として終わっている、醜い。さらに現在の体重の増加も伴い、さらに自分を醜いと思う気持ちが強くなっています。

なので、本当に親しい人にしか会いたくない。
実は子ども達の登校時の見送りも集合場所までは母がついて行ってくれています。
自分は同じように子ども達を見送りに来ているご近所さんに見せられる姿じゃないと思ってしまうのです。こんな醜い母が行ったのでは、子ども達が可哀想だとも。
私は毎日玄関で子ども達を送り出してから二階に上がり、窓から子ども達の登校を見送り、遠くから手を振るだけです。

体力の低下を抑えるために散歩に行く時も、帽子を深くかぶり、顔が見えないようにしています。
さすがにご近所さんや出会った方には軽く挨拶はしますが、顔を合わせることはできません。

不倫や離婚の原因も、100%夫が悪いとわかっているのですが、どうしても「自分に魅力がないから、他の女性に走ったのだ」と自分を責めてしまいます。
私がもっと身綺麗にしていたら、仕事をしていた頃のように普段からしっかりと化粧をしていたら、拒食症になって体重が激減するより前に、もっと健康的にダイエットをして美しい体型を保てていたら。

思えば、服にも下着にもほとんど自分に対しては、お金を使っていませんでした。
買うのは夫の物か、子ども達の物ばかり。

結婚前に買っていたWacoalやTriumphなどは上下を揃えようとすれば1万円を超えるので、とてもじゃないけれど新しく買うことはできませんでした。
なので、10年以上使っている下着もあります。きっともうサイズも合っていないのに。
下着を買い足す時は、いつからかUNIQLOやGUなどの、さらにセール品で安価なものになっていました。3枚790円のショーツ。1,000円以下のタンクトップブラ。
ジーンズでは幼稚園で正座仕事はきついと言って、サルエルやガウチョなどの楽なボトムスを買い足すときでさえ、1,000円台でも夫の了承を得てから購入していました。
後は、姉が着なくなった服のおさがり。

夫はこだわりがあるので、ほとんど全て自分で選んで買っていました。
不倫相手と出会う前は、私服が作務衣だった人なので、作務衣だけで何着買ったやら…。手触り肌触りにこだわる人なので、1万円前後は当たり前。
生地も自由に選べてオーダーメイドができる店があると聞き、県外まで行ったこともありました。

夫が欲しいと言ってプレゼントした、無印の体にフィットする人をダメにするソファは、引っ越しの時に捨ててしまったのかな、それとも不倫相手のところに持って行ったのかな…。
あれも中身と外のカバー合わせて2万近くしたけれど、夫は働いているんだから夫が稼いだお金だから、と何の疑問も抱かなかった。

結婚式の費用も、新生活用の家電類も、援助してくれたのはうちの両親だけでした。
結婚前は、私は今の夫よりも稼いでいたので、家具類の購入や、当初契約社員で収入の少なかった夫だけでは足りなかった生活費は、私の貯金で賄っていました。
結婚する時に貰った母が作っておいてくれた私の定期預金、仕事で溜めていた私の貯金はいつの間になくなってしまっていたんだろう…。
夜勤のパートに出て働いたお金も、すべて生活費として消えていきました。

まだGW中なので離婚届は出していませんが、審判離婚の場合、審判が確定した時点で離婚は成立したことになっているので、もう夫ではなく元夫と呼んだ方がいいのかもしれませんね。

離婚が成立したんだと思った途端、なんだか目の前の靄が晴れてきた気がします。
「愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである」と言ったのは『星の王子様』の著者サン=テグジュペリ。

私達は仏教と武道という道を持って、同じ方向を見つめ、助け合い、お互いを高め合いながら、前に進むことのできる関係だと思っていました。
いえ、かつてはそうだった時期も確かにあったのです。
同じ武道の教えを乞い、道を願う仲間として、同じ仏門に帰依する同士ととして。
確かに、尊敬できる相手ではあったのです。
それが、僧侶の資格を持ちながらも、不倫相手と出会い、八正道を軽んじるようになった頃から、もう尊敬できる相手ではなくなっていました。
自己中心的になり、「意の三悪( 貧欲・瞋恚・愚痴 )」に陥り、「口の四悪( 妄語・両舌・悪口・綺語)」を行うようになり、「身の三悪」の中でも邪淫に耽るようになり、正命・正精進・正定を見失った。
人はここまで変わるのかというほど、見事なまでに堕ちていきました。
「朱に交われば赤くなる」とは言いますが、不倫相手の影響の強さに驚かされます。
友人達が「洗脳状態」だというのもうなずける話です。

でも、思い返してみれば、昔からその兆候はあったのです。
先に書いたように、自分だけの浪費には無頓着であったり、例えば好物(和菓子や果物)などは、1人で独占し、風味が落ちたり好みに合わなかった時にだけ、私や子ども達に分け与えるような自分本位な人でした。まずは夫、次に子ども達、そして私は余りもの。

何故かつての私は、それらを夫は働いているんだから夫が稼いだお金だから、と何の疑問も抱かなかったのでしょう。
あの人は、誰かに何かをしてもらうことを当然と思い、自分本位に好き勝手に生きていたのに。

「恋は盲目」とはよく言ったものですね。
愛情が消え、元夫に恋する気持ちが消えたら、たくさんのものが見えてきました。

仕事が終わり帰って来てからも、早く風呂に入ってもらうように言っても、携帯のゲームや漫画を読み続けてそのまま寝落ち。
朝風呂をされるとガス代が倍になるし、洗濯ができないから(残り湯を使って洗濯をしていたので)と言っても、効果はなく。
こたつやソファで寝ても疲れはとれないよと、必死に起こしてベットに行かせていました。
もちろん、そこで起きても風呂に入るという選択肢はなく、眠いからと言って、一日外で働いた汚い体のままで布団に潜り込む…。

子ども達よりも、元夫の方がよっぽど手がかかっていたかもしれません。
なぜそれらを、夫は働いているんだから疲れているんだから、と受け入れていたのでしょう。

私はただ、家事や育児をし、夫が居心地が良い家を作る為の奴隷のようなものだったということに、今更ながら気づきました。

なぜそれを、幸せな生活・幸せな家庭だと思い込んでいたんだろう。
きっと、不倫という決定的なものがなくても、私の精神はいつか崩壊していた気がします。
溜まり溜まったものがあり、元夫の不倫をきっかけに、私の精神が限界を迎え壊れていった。

限界まで耐え抜いた脳は破壊され、鬱を発症し、たくさんのトラウマからパニック障害や不眠症、醜形恐怖症まで発症することになってしまった。
私の人生は元夫によって滅茶苦茶に壊されてしまいました。
しかし彼には、それに対して何の罪悪感も反省もないのです。
本人曰く「悪かったと思っている」程度の感覚です。
離婚調停の間も、夫からは何の反省も、償おうという意思も、誠意の欠片さえも見つけられませんでした。
ただお金に対する執着だけ。

わざわざ高いお金を払って弁護士を雇ってまでして、慰謝料や養育費を最低限に抑えようとした元夫に誠意なんてあるはずがなかったのです。
その弁護士費用を慰謝料にあてることなんて、思いもしない。
きっと彼の中では、私は自分の金を盗み取ろうとする守銭奴扱いなのでしょう。

すみません、今日はダメですね。
思考が完全にマイナスになってしまっています。
これも鬱特有の症状なのでしょうか。

明日からは前向きになれるように。
変えられない過去は捨てて、新しい日々を楽しく幸せに生きられますように。

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