世界に色がついた日

鬱からの回復
昨日の記事を書いた後、ネットで注文をする時間も惜しくて、本屋に走りました。
しかし、欲しかった大住先生の本は置いてなく、似たような題名の北西先生の本を軽く経ち読んでみました。

うつは、治す努力をやめれば治る 箱庭療法と森田療法の併用の事例と実践 [ 大住誠 ]

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慢性うつ病からの離脱と森田療法 回復のプロセスと新しい生き方 (こころライブラリー) [ 北西 憲二 ]

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森田療法を使用するなど共通する点は多いのに、何故か「コレジャナイ」感。それはおそらくその中に宗教感があるかどうかの違いなのだと思います。

私が持っている「森田療法入門」という本は、今はもう調べても中古でしか見ることはありません。私が持っている第7刷が発行されたのは1997年、丁度体を壊していた高校生時代に購入したことがわかります。
著者は聖マリアンナ医科大学の当時の学長であった長谷川和夫先生。そういえば「うつは、治す努力をやめれば治る」の著者である大住先生も、聖マリアンナ医科大学の非常勤講師を務めていらっしゃいますね。

森田療法の考え方は浄土真宗の教えにとても近いものがあります。
だからでしょうか、高校時代にはそこまで心に届かなかったこの本が、今の自分には痛烈なインパクトを持って、己とは何かを問いかけてくるのは…。

昨日は五木寛之さんの「他力」を出して読んでいました。
しかし、ふと思ったのです。私は、もっと深くこれを知っている

私は真宗系の大学を卒業しています。
父は真言宗、母は曹洞宗の血筋、浄土真宗とは縁もゆかりもありませんでした。
高校時代に体を壊して中退し、その後大検を受けて大学に入学をする際に、地元の大学とは偏差値が20近く違ったため…(父はそれでも、自宅から通える大学を勧めていましたが)、興味のあった歴史学を学ぶために入った学校でした。
そこが仏教系の大学だと知ったのは、入学式で知り合った友人と見学に行き、そのまま入ることになった部活動の先輩方の大半がお寺のお子さんだと気づいてからでした。

もちろん、部活動を指導してくださる師範も自坊を持つ方で、武道でありながらもその教えは真宗の教義そのものでした。武道でありながらもスポーツではなく、禅。

仏道修行のようなそんな稽古を、大学を卒業してからもずっと、合わせれば20年近くもその道を我武者羅に歩んできたのに、何を見失ってしまっていたのか。
『正道は成るべき道を為す事に依って自ずから成る道である』
『自分は如何なる事があっても眞の人間に成り度い。と云う心からなる願が誠であれば、それは純心を生じ、捨身の気力を生ずる』

何度も聞いた今は亡き前師の言葉が、温かな音を持って降り注いでくるような気がしました。
それはまた天上から差す光のようでもありました。

――あぁ、もう大丈夫だ。

世界に急速に色が戻ってくる感覚がありました。
今までくすんで、靄がかかったようだった世界が色鮮やかに蘇ってきました。

そして、2年もの間、自分を苦しめ心と体をバラバラにしてしまっていたのが、他ならぬ自分自身だということにも気づきました。
夫というものに拘り、家族というものに拘り、幸せな家庭というものに拘り、無理をして脳神経に負担がかかり、鬱を発症してしまうほどのストレスを抱え込んでしまった。

森田療法では「『あるがまま』に生きる」ことが大切だと言います。心の内に囚われるのではなく、自分の弱さや醜さも、あるがままに受け入れる。

…学生時代や、過去の広報誌に寄せた原稿を読み返してみました。
「当たり前のことを当たり前に。自分自身に真剣になって、すべてを挙げて尽くしていく。一歩ずつ一歩ずつ、目の前にあるその『成るべき道』を停頓することなく、探ることなく、真っ直ぐに進んで行きたいと思う」
12年前の自分が書いた昇進原稿の文章。ーーどうして忘れてしまっていたのか。

自分勝手な夫を恨み、強かな不倫相手を憎み、簡単に捨ててしまえるような家庭しか築けなかった自分を悔やみ、捨てられるような醜い自分を疎み、自由にならない心と体に苦しんでいたのは、全て自分が作り出した妄執でした。

私は私のままでいい。今できないことを悔やんでも仕方がない。今の自分にできることを精一杯やることが、真剣に生きるということではないのか?
夫に拘るから苦しい。あの人はかつて愛したことのある「子ども達の父親」というだけの、私の人生の一部を共にしただけの、通り人。
すとんと胸に落ちてきた新しい認識に、今まで夫に関することで騒めき苦しみ、パニック発作までひき起こしていたというのに、夫を思い出しても、何も感じないことに気付きました。

私の人生。子ども達の人生。
あんな人の為に無駄にするなんてもったいない。
私は2年(ともすれば20年?)も無駄な日々を過ごしてしまいました。

鬱になってから、動くことがほとんどなかった感情が息を吹き返した気がします。
何もやる気が出ず、たまに過去を思い出して涙し、己を苦しめ、ただ無為にぼぅっと過ごしていた日々。なんともったいないことをしていたのでしょう。
多感な時期でもある小学生の子ども達にも、ずいぶんと辛い思いをさせてきてしまいました。

でも、もう大丈夫な気がします。
急な減薬は鬱を悪化させる恐れがあるので、先生と相談しながらになると思いますが、これからの通院では少しずつ、薬も減らしていくことができるでしょう。

一進一退を繰り返すかもしれません。落ち切った体力を戻すのにも時間はかかると思います。
でも、きっともう大丈夫。

ずっとまつろわぬ感情に振り回されていた私を支えてくれた、両親、子ども達、お義父さん、リアルでの友人、そしてネット上での友人…、たくさんの人に助けられて今まできました。
一時の感情に身を任せて命を絶ったりしなくて、本当に良かった。

全ての人に心からの感謝を。
この光に満ち溢れた鮮やかな世界と、これからの希望に満ちた未来に感謝を。
私がすることは「今を精一杯生きる」それだけで良いのだと気づかせてくれた、不思議な本との出会いに感謝を。
若かりし時代に、正道を示してくれた前師に感謝を。
そして、前師の跡を継ぎ、私に進むべき道を改めて示してくれた現師範にも感謝を。

真宗の教えに心からの感謝を。

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